八重山上布2
八重山上布イメージ画像
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 新垣さんの作品は緑が印象的なものが多い。様々な濃さの緑が織り込まれている。作品には短いタイトルが付いていて、それがあることでさらに作品世界は広がる。どの布も不思議と懐かしい色味を帯びている。これが植物の本来持っている色なんだと感じ入る。
「緑色は目には見えるけれど、緑には染まらないのよ。不思議ね」
確かにそうだ。緑色を出すには、藍と黄を重ねなければならない。濃い緑のふくぎの葉からは黄色しかとれず、緑の月桃の葉からはピンクしかとれない。明らかに目に見える緑からは緑が出ないなんて、なんて不思議な色なのだろう。
「藍はね、表面は藍色だけど、中はね…、ほら」
藍だめの中を棒で突くと、途端に色が緑色に変わった。藍は一瞬だけ目に見えて緑色に染まるけれど、空気に触れると酸化して藍色になるのだという。刹那的(せつなてき)な色。だからこそ無意識のうちにも憧れが強くなるのだろうか。
 染色場の向こう側に、緑一面に広がる苧麻畑が見える。


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 新垣さんが知り合いに頼んで紡いでもらったという糸を見せてもらう。まだみずみずしさが残っていて、若草色に光を反射している。時を経ると生成に変わるのだという。
 年間を通して4,5回収穫できる苧麻は、春と秋の糸が良質であるとされる。夏は繊維がかたく、冬はあらいのだそうだ。着尺、のれん、タペストリーなど、その用途に応じて繊維を使い分けていく。
 経糸は撚(よ)りをかけて紡ぐため手間がかかる。紡ぎ手は殆どいないというのが現状だ。緯糸もより細い糸を紡ぐ方がだんだんいなくなってきているという。
「人の手で糸を作り出す産地は皆同じ悩みを抱えている。」
苧麻なくしては語れない八重山上布である。今何らかの手を打たなければ上布が消えてしまいかねない深刻な問題である。
「だから織りと同じくらい糸を紡ぐことも時間をかけて伝えていきたい。」
新垣さんは、石垣織物事業協同組合の後継者育成の講習で糸紡ぎも教えている。糸の績(う)み手がいなくなるかもしれないという近い未来を自分たちの手で変えていきたい。そんな意気込みが伝わってくる。


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新垣さんのご友人作の捺染の八重山上布

 工芸館にて捺染の上布の製作を見る。捺染染色は手括りとは違い、竹の刷毛(はけ)で直接糸に染料を刷り込んで行う。染料には紅露(サルトリイバラ)などの濃い染液が用いられる。綾頭(あやつぶる)と呼ばれる独特の機を用いて絣柄を織り込んでいく。織りあがった布はしばらく日光にあてられ、そうすることで絣模様は赤茶色から次第に濃い褐色に変色する。後、海晒(うみざら)し、軽い砧(きぬた)打ちを行って完成となる。
合理的な作業工程ではあるが、なるほど展示されている捺染の上布を見ると、新垣さんが言うように、大柄はプリントのように見えて素っ気ない感もある。その反面、細かな柄となるとその威力を発揮するかのように、かわいらしい精密な絣が並んでいく。
「捺染は捺染の、手括りは手括りの、両方の良さを生かしたものづくりをしていけばいい。」と新垣さんは言う。手括りはいろいろな色が使えるという点で若い人に人気が高い。捺染は小さな柄を織るのに向いている。今では以前とは逆転して、捺染の職人が少なくなっているという。自らも講師を務める後継者育成の講習では、手括りと捺染の両方の技術を教えている。そうすることで八重山上布は確実に明日へとつながっていく。
 一端途絶えてしまうと、再興するのは大変な努力がいることを、身をもって感じてきた新垣さんだけにその思いは一層強い。


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新垣幸子作 帯地

 後日、再び新垣さんの工房を訪ねる機会があった。
 前に来たときまだ機(はた)にかかっていた、できあがったばかりの新作を見せてもらう。今度の作品はピンクのグラデーションの色糸がやさしげに織られている。染料が多く手に入ると、どうしてもその時にはその色が多くなるのだという。これも、「色をいただく」、という思いがあるからであろう。
「復元も古典も大事。でも一方では自分の作品を創ることも大事。」
脈々と流れてきた伝統の重みをしっかりと根っこの方では感じながらも、時代の流れに合った自分なりの手わざを創り出そうとしている新垣さんの言葉は強く胸に響いた。

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