1945(昭和20)年8月15日、日本がポツダム宣言を受諾して15年におよんだ戦争は終結しました。日本は連合軍によって占領され、南西諸島もまたアメリカの軍政下におかれました。
その年、第二次世界大戦の戦勝国を中心とした国際連合が創設されましたが、このころからアメリカを中心とする西側諸国と、ソ連を中心とする東側諸国との間に「冷戦」という新しい緊張状態が生じてきました。このような冷戦の激化や、中国や朝鮮が社会主義国として成立するなど国際情勢の変化をきっかけに、アメリカは沖縄の戦略的位置を重視し、長期支配への基盤を固めることになります。
1951(昭和26)年、サンフランシスコ講和条約と日米安全保障条約が締結され、日本は独立しましたが、沖縄は引き続き米国の施政権下におかれることになりました。これにより日本は西側の一員となり、沖縄はソ連・中国・北朝鮮に対する防共の砦となりました。 1965(昭和40)年に来沖した佐藤栄作総理大臣は沖縄の施政権返還に取りくみ、1972(昭和47)年5月15日、祖国復帰が実現しました。しかしそれから25年以上が経過した現在でも、日本国土の1%に満たない沖縄の地に日本全体の米軍専用施設の約75%が配置されるなど、多くの問題が残されたままとなっています。
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