古琉球/統一王朝の成立 4/12

■神話と伝説の王統

 琉球の歴史のあけぼのや、各王統の由来と移り変わりは、琉球王府が編集した正式な歴史書である『中山世鑑(ちゅうざんせいかん)』や『中山世譜(ちゅうざんせいふ)』、『球陽(きゅうよう)』などに記されています。
 これらの正史によると、阿摩美久(あまみく・アマミキヨ)という神が下界におりて島々をつくり、一組の男女を住まわせた。二人の間からは三男二女が生まれ、長男が王、次男が按司(アジ)、三男が百姓、長女が大君(国の神女)、次女が祝女(ノロ・地方の神女)のはじまりとなった。
 王は天孫(てんそん)と称し、その後長く続いた天孫氏王統時代に沖縄を三つに分け、人々に農耕や建築を教え、都城を構えて首里(しゅり)と名づけ、行政区の間切(マギリ)を定めて国をおさめたとされています。これはあくまでも神話であり歴史事実ではありませんが、その内容は、正史編さん時代の歴史認識を知る重要な手がかりとなります。


伊祖城跡


浦添ようどれ

 天孫氏王統の次に、12世紀後半から13世紀半ばまで続く舜天(しゅんてん)王統が登場します。この王統の初代王である舜天は、流刑により沖縄にたどり着いた源為朝の子であるという為朝伝説があります。しかし、これも伝説にすぎず、実在は否定されています。
 続く英祖(えいそ)王統は、13世紀半ばから14世紀半ばまで国をおさめます。初代王の英祖には、母親が太陽の夢を見て身ごもった子という、太陽の子(ティダヌファー)伝説があります。伊祖グスクを拠点として、農耕を発展させ、国を穏やかにおさめたとされています。英祖王に関しては、生誕にまつわる太陽の子伝説や、彼を謡ったと思われるオモロ〔沖縄の古謡)があることから、実在の人物とも考えられていますが確かではありません。


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