染織を伝える 宮平初子(首里の織物) 玉那覇有公(紅型) 与那嶺貞(読谷山花織り) 平良敏子(芭蕉布)
織物を伝える(染織の人間国宝)
読谷山花織 与那嶺貞

 1999年5月重要無形文化財「読谷山花織」の保持者に認定。

 1909年1月、沖縄県読谷村に生まれる。1923年、首里女子実業学校で織りの知識と技術を習得。その後、読谷に戻り、女子補修学校の教師や幼稚園につとめながら、織物を織り続ける。村の生活改良普及員として働いていた1964年、「読谷山花織」の復元を池原村長に依頼される。その手がかりとして渡された花織を見て「ああ、これが花織なのか。真心と情熱をこめて織った花織とは、こういう織物だったのか」と新鮮な驚きを感じたという。
「可憐な花柄の中に、自分の内側に秘めたロマンを織り込んでいたのでしょう。」読谷山花織の花柄に込められた意味をそう読み解いては、花々を浮かせる読谷独自の技法に読谷の人々の誇りを重ねる。

 時代の流れから、素材を木綿から絹へと変えて織り続けられている花織。それについて與那嶺は言う。
「絹の中にどれだけ木綿花織のもつ素朴さを表現できるか、ということでしょうね。
過去にだけこだわっていると、伝統文化は伝承できないのではないかと思います。」
「本物の読谷山花織だけを伝承したいと願っているのです。」
本物の織りだけを追求するその姿勢は今も変わらない。

【参考文献】『沖縄の織物』 泰流社/『琉球布紀行』 澤地久枝 新潮社



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