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 中国の老人から学問をいかす方法を教わった蔡温は、琉球にもどるといっしょうけんめい働いた。その働きぶりがみとめられると、やがて王様である尚敬(しょうけい)の教師となった。尚敬王は蔡温をそんけいし、何をするにも蔡温の意見を求めた。

 数年後、蔡温が38さいの時、大きな事けんが起こった。
中国から王様を任命するためにやってきていた人たちが、自分たちの持ってきた品々を高く買ってくれと琉球王府にもんくをいってきたのだ。中国との交流は琉球王国にとって大切なものだっただけに、役人たちはこまりはてていた。そこで尚敬王は、このもめごとを蔡温にまかせることにした。
image 蔡温は、ひとつひとつ念入りに品定めをして、ねばり強く話し合いをつづけ、琉球王府の思い通りのねだんで商品を買うことに成功した。この働きぶりで、王様やほかの役人たちは、蔡温をますますそんけいするようになった。

 それから、最もえらい役人のひとりになった蔡温は、人々が安心してくらせる社会になるようにつとめた。そのころはほとんどの人が農民であり、琉球王国は農民たちがおさめる作物で生活をしていた。このため蔡温は農業のとりくみに力を入れた。
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