民俗芸能

 琉球舞踊のルーツは神々への祈りと感謝の祭りから始まった。島の人々は五穀豊穰を祈り、祈りの詞は歌になり、拝む手はそのまま振りとなる。歌と踊りによって、島の人々と神々はいつも寄り添って生きてきた。無垢で純粋な生命力あふれる民俗芸能が今もいきているからこそ、洗練された舞台芸術としての琉球舞踊も光るのだといえる。瞬時に世界中と交信のできるインターネット時代の今日にあっても、この島の若者達は額に汗して民俗芸能の伝統を誇らしげに受け継いでいる。


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熱田フェーヌシマ 泡瀬京太郎 江洲獅子舞 伊集の打花
熱田フェーヌシマ
(アッタフェーヌシマ)
泡瀬京太郎
(アワセチョンダラー)
江洲獅子舞
(エスシシマイ)
伊集の打花鼓
(イジュノターファークー)
平安名コッケイ 北谷フェーヌシマ 高志保馬舞踊り 屋良のあやぐ
平安名コッケイ
(ヘンナコッケイ)
北谷フェーヌシマ
(チャタンフェーヌシマ)
高志保馬舞踊り
(タカシホウマメーオドリ)
屋良のあやぐ
(ヤラノアヤグ)

コラム 唯一の仮面舞踊「しゅんどう」の謎

 古典舞踊で唯一の打ち組み踊り「しゅんどう」は、琉球舞踊唯一の仮面舞踊でもある。美女と醜女(しこめ)の衣裳や振り付けの極端な対比と、ジャンプや尻をなでる所作は俗的すぎて笑いをこえて哀しみすら漂う。
 仮面をつけた醜女(しこめ)は、権力者の妾になった美女(元妻)に捨てられた元夫であり、命をかけて宴席に忍び言い寄ったが「三角関係のもつれ」を嫌って拒否され、「煩悩克服のヨロコビ歌をうたい退場する」との論考(打組踊「しゅんだう」考『沖縄の古典芸能』照屋寛善著)もあり、一般的な解釈よりもずっとおもしろい。しかし、何故メイクでなく仮面だったのだろうか。
 「しゅんどう」の仮の面(おもて)は、男女の関係をはるかに越えて、神界と俗界とを結ぶ霊力のシンボルにも見える。古代琉球の影を色濃く残す希有な舞踊である。

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写真:砂川敏彦