●王府の経済がいきづまり、貝摺奉行所の漆器製作が衰えます。代わって民間工房で漆器が量産されました。民間工房は、琉球処分による王国の解体(沖縄県設置)とともに琉球漆器生産のにない手となりました。再び朱漆が多くなり、これに量産に便利な箔絵と堆錦で文様が描かれます。文様は形式化した山水図が多く、しかも空白部が多い簡略なものとなっています