琉球における飢饉と疫病の流行

年 代 事      項
1602年 八重山に疱瘡(ほうそう)発生、死者多数
1665年 大地震発生
1709年 大飢饉、死者3199人
1727年 人口、正頭数で12万9642人
1741年 宮古で疱瘡(ほうそう)流行
1749年 人口20万人
1765年 大地震発生。玉城間切で石垣、家屋多数倒壊
宮古で疱瘡流行
1771年 先島に大津波発生。宮古・八重山で津波遭難者1万1861人。島尻で疫病発生、死者多数
1772年 八重山で風干害、凶作、疫病発生、死者4560人余
1774年 沖縄島に雪まじりの雨が降る
1776年 八重山で大飢饉。疫病流行、死者3733人
1785年 飢饉により薩摩(さつま)で米穀を調達する
1802年 旱ばつ。八重山で疫病流行、死者425人。久米島に雪、雹(ひょう)が降る
1816年 大飢饉、死者1563人
1825年 風干害のため大飢饉。蔵を発して人民に食料を供するが餓死者多数
1827年 4年連続の飢饉、餓死者3358人。御蔵敷で粥を支給した
1832年 暴風と旱ばつ、餓死者2455人。小奇病発生死者1473人。金武間切に雹(ひょう)が降る
1835年 八重山で疫病、風疹流行
1838年 八重山で風疹636人、他の疫病で1996人死亡
1843年 島尻に雪、霰(あられ)が降る
1844年 宮古に暴風襲来、死者5人、家屋2180戸倒壊
1852年 宮古島の大飢饉で死者3000人余
1853年 宮古・久米島で熱病発生、死者多数
1879年 コレラ流行、患者1万1200人余、死者6400人余
(『沖縄大百科辞典別巻』、『球陽』を参照)