嘉数(かかず)高地
宜野湾市にある高台で、沖縄戦当時は日本軍の中部戦線の拠点となった。1945(昭和20)年4月1日に読谷(ヨミタン)・北谷(チャタン)海岸に無血上陸したあと南下する米軍を、日本軍はここで迎え撃ち、一進一退の攻防を16日間続けたあと全滅した。コンクリートで固められたトーチカ跡が今も残っている。写真:(有)バグハウス