エイサー(那覇市国際通り)

 自分がもうじき死んでしまうかもしれないといって、大事な孫のごはんであるちちを飲ませろというだけではなく、殺してうめてしまえというのは、いくら大切な親の言うことであっても、聞くことはできません。「それはわがままだよ」と言って、やめさせようというのが普通の考えでしょう。そう考えれば、仲順大主の話を聞かずに帰っていった長男と次男は普通の考えの持ち主といえるでしょう。
 でも、どの世の中にも常人では考えられないほどの親孝行者がいるものです。このお話の三男も、私たちの常識では考えられないほどの親孝行息子だったのでしょう。しかし、父親と同じくらい大事な子どもをうめる穴をほっているときの気持ちはどんなものだったでしょうか。きっと、胸が張り裂けんばかりだったにちがいありません。
 結局は、仲順大主は息子たちの気持ちを確かめるためだったことがわかってホッとしますが、こんなことは一回で終わってほしいものですよね。
 このお話は、物語の中にもあるように、沖縄の最大の行事イベントといってもよい旧暦のお盆、七月エイサーで歌われる「仲順流れ」という曲の歌詞にあるものです。今やエイサーは、お盆のときだけでなく、四季をとわず、各地で歌い、踊られ親しまれています。県内だけでなく、県外や海外でもファンの多いエイサー。皆さんも、エイサーの音色を聞くたびに、この物語があったことを思い出し、親孝行の大切さを考えてほしいものです。